ティーレマンのベートーヴェンチクルス、衝撃の《第7》!(3)(2010年06月14日)

(旧ブログ「ザ・クラシック評論」2010年06月14日より)

クリスティアン・ティーレマン指揮/ウィーンフィルハーモニー管絃樂團/ベートーヴェン交響曲第8番、エグモント序曲、第7番(2009年11月22日)

 最初に、8番の2樂章への評價が「愚直」の一言だつた點、訂正する。フルトヴェングラーと同じ非常にゆつたりとしたテンポで、フルトヴェングラーが巧く出してゐた苦いユーモアのない演奏だと感じた爲、「愚直」と書いたが、聽き直してみると、寧ろ、ティーレマンは、この曲に初期ベートーヴェンの緩徐樂章にあるやうなリリシズムを發見してゐる。コミカルな性格は完全に姿を消してゐるが、優しい歌としてよみがへつたこの樂章は、非常に魅力的で、「愚直」との寸評は心無かつたと思ふ。

 以下からが、《第7》に關する承前である。

 3樂章で、我々は夢から醒めたやうに、音の實在の世界に連れ戻される。冒頭から音の熱氣と、上滑りのかけらもないリズムの強烈な踏込み、それでゐてしなやかな樣が見事である。リズムの力が尋常ではない。全體に繰返しの印象が強く、やゝ存在感の薄い樂章だが、ティーレマンは、ヘヴィー級のサウンドで、プレストのテンポを見事に乘りこなして、異常な迄の生氣である。ルーティンがお手のもののウィーンフィルも、まるで限界的な難曲に立ち向かふやうな眞劍勝負振りだ。

 トリオのテンポ配分も適切である。フルトヴェングラー竝の遲めのトリオなのだが、響きのバランスの工夫で、遙かに聽き堪へある音樂になつてゐる。トスカニーニ黨の代表的な音樂批評家ハーヴェイ・ザックスは、このトリオでのフルトヴェングラーの指揮を冗漫で退屈としてゐるが、私もそれは實は同感だつた。フルトヴェングラーには珍しく、中身がない音樂を無理に引き延ばしてゐるやうに聞こえるからだ。かと言つて、トスカニーニのむきになつてせかせかしたトリオは滑稽で取れないだらう。クライバーが、東京でやつた7番では、バタフライのやうな優美な指揮振りで、クライマックスのリズムから付點を外してなだらかな丘陵のやうに歌ひこなした演奏で、拔群に面白くはあつたが、切り拔け方としては些か狡いやうである。――會心の演奏のなかなか難しい箇所なのである。

 ティーレマンの解答は、見事だと言ふべきだらう。クレンペラーの主張するやうな巡禮歌――後の《タンホイザー》にその發展と深化を見ることになる――に由來する素朴な祈りの性格を保持しながら、その中に、クライマックスへの蠢く緊張感を湛へ、頂點で齒ごたへのある昂揚を生み出してゐる。芽の詰つた音で、遲いテンポを滿たしてゐる。

 4樂章。かうなると笑つていゝのか、泣いたらいゝのか。あのウィーンフィルが、赤穗浪士の討入のやうな一期一會の大熱演。ノーマルテンポで、強烈なあふりもひねりもない演奏だが、聽いてゐる内に言ひやうのない昂揚感に、心も身體も抑へ難くなる。踏み締められたリズムは豪壯だが、道端の可憐な花や草のそよぎも決しておろそかにされてはゐない。ティーレマンの棒の下、名うての美のフェティシスト集團が、そのこだわりぬいたデリカシーの先で、魂の底から、喜悦と法悦を絶叫してゐる、そこにこの演奏の卓絶がある。

 20小節でぐつとテンポアップするのは、フルトヴェングラーから學んだ方法に違ひない、或いは、音を割つてのホルンが興奮をあふる、とか、にもかゝはらず、弦の歌はあくまでしなやかである、とか、全體に木管群の冱えが尋常ではなく、シンコペーション風に打込まれる合の手が、小編成の古樂器オケよりも痛烈にホールに響き渡るのは、どのやうな手品なのか、とか……。さういふ批評めかした言葉を重ねる事は出來るかもしれないが、それが無意味な程、私はこの演奏にはまゐつてしまふ。

 決してあふる事なく、手練手管も極端な加速もなく、殆ど愚直に突入するコーダなのに、強い喜びがあらゆる音の飛沫にまで吹き荒れて、音樂は堂々と踏み締められた皇帝の歩みのまゝ、猛り狂ふ。――壓倒的な興奮、壓倒的な偉容。
しかし、まゐつてしまつたのは私だけではなかつたやうである。選りに選つて7番の演奏直後、氣を飮まれたやうに拍手もブラヴォーも忘れてしまつたのは、ウィーンの聽衆達だ。一度袖に入つたティーレマンが再び會場に登場した時、やうやく、聽衆達は、夢から醒めたやうに、熱狂的なブラヴォーでホールを覆ひ盡くし始める。報道によると、指揮者單獨のカーテンコールが3囘あつたとか。カラヤン、クライバーでさへなかつた事ださうだが、4月の《第9》では、そのカーテンコールが何と5囘に及んださうである。日本での今年3月の來日公演での客席の反應が淋しい限りだつた事を付け加へる必要があるだらうか。白髮かCDの量か、一部の煽動的な批評家の洗腦によつてしか、指揮者の實力を計れない聽衆が、平成の日本に如何に多い事かを歎くより、この人の指揮は海外で氣持よく聽く方がいゝといふ事になるのだらうか。

 昭和期の日本のクラシック音樂の聽衆の質は、今日とはまるで違つてゐた。當時の聽衆は、音樂に溺れられるだけの強さと、自分で判斷する自由を持つてゐた。それは、當時の音樂雜誌の批評の、文體と教養の水準が、今日とは比較にならぬ樣を一讀してみれば、疑ひやうがない。日本の國家再建の政治談義が囂しいが、文化の領域から、質の高い「大人」が拂底して、いはゆる「おたく」ばかりがはびこつてしまふやうな社會が、政治や經濟の力を恢復する事は困難だらう。さういふ視點をまるで失つてゐる今のあらゆる國家論から、政策ゴッコを超えた思考の力も、文體一つで國家を恢復させ得る知的な矜恃も、まるで讀む事が出來ないのは、最早歎いても仕方ないのだらう。これは、一つの循環だ。ティーレマンを素直に評價できない現代日本の「何か」と、教養人の消失と、國家の低迷とは、一繋がりの、民族衰弱の物語であるに違ひない。

 例へば、荷風の場合なら、さうした絶望は、彼を淺草、銀座の夜に徘徊させ、「ひかげの花」への共感で生を養はせた譯だらう。だが、彼は國家敗亡を歎けるだけの國力殘存のたゞ中で、拗ねてみせたのである。今、私が拗ねてみて、何が殘らうか。友よ、私が、この日本でなほ生き續けるには、どうしたらいゝか、教へてくれないか。ティーレマンの第7の輝きは、私共日本人の戰後の「後」の敗北を、苦しい迄に明らかにする。今、淺草になど日本はない。日本は、では、この私のペン先からどのやうに新生し得るのか。(この項了)