ティーレマンの事、何度目かの。(3)(2011年06月16日)

(旧ブログ「ザ・クラシック評論」2011年06月16日より)

 間にイッサーリス,ナガノのコンサート評が入つた爲、長く中斷したが、今日でこの稿ををはらせる。

 演奏の感銘とは何かといふ問ひに答えはない。先日近所を散歩してゐたら、學校の音樂室の窓からホルンが突如吹き鳴らされ、不思議な感動に包まれた。街中では、機械的な音響ばかりを聞かされて久しいときに、音の材質感といふものの手ごたえが、胸に温い喜びをもたらしたのである。音を通じて人間への囘路が通じてゐる、もちろん、音響も技術もへつたくれもありはしない、中學生のホルンの試し彈きである。しかし、ここにこそ音を鳴らすこと、そしてそれを聽くといふ體驗の、原型のなにがしかはある筈だ。勿論、人が、音を出す事とのこの關係の段階にとどまつてゐる限り、バッハもモーツァルトも誕生はしない。

 チェリビダッケのレコード否定論の一つの論據は、音樂の原體驗を、レコードが損ねるといふものだつた。つまり、彼の言葉をそのまま借りれば、「朝起きて、髭をそりながら思はず口笛を吹く、これが音樂だ。ところが、今や、誰も自分で歌はず、レコードに代りに歌つてもらはうとする。」ところが、そのチェリビダッケの演奏を音樂のマニエリスムとして嚴しく批判したのが、遠山一行氏であつた。だが、これは答へのない議論なのである。バッハのマニエリスム、モーツァルトのマニエリスムを指摘することは可能であり、それを愛するのと、それを呪詛する事の距離は、おそらく、とても近い。何故ならば、マニエラの魅力に徹底して取込まれるだけの力量がなければ、マニエリスムは音樂家の側にも聽き手の側にも成立しようがないからだ。

 要するに、朝起きて吹く口笛と、1小節のフルートに可能な200通りの音色の可能性を無限に分割して音のパレットを構成してゆくといふチェリビダッケのマニエリスム、この両極を同時に生きることが、「藝術としての音樂」を生きることであるのだらう。朝の口笛の新鮮な感動に立ち返る能力のない偉大な音樂家はゐない。マニエリスムの黒魔術に淫する勇氣を持たぬ偉大な音樂家もまたいない。

 その兩者を乘りこなす冒險は、彼が、この兩極を生きる情熱と責務に取りつかれている限り、一生涯續く。

 EM氏の指摘されてゐるやうに、ティーレマンがこれからの指揮者だとするならば、それは、彼が50歳にして狙つてゐる音樂的な意味の領域が、餘りにも微妙で高度過ぎるからだ。朝の口笛の鮮烈さと黒魔術の祕儀の深さとを、同時に深い呼吸と共に飮み干すことだけが、狙はれてゐるからだ。彼の戰ひは、まさに死の年まで續くだらう。フルトヴェングラーがルツェルンの《第9》で、カラヤンがサントリーホールでのラスト《悲愴》で、チェリビダッケが死の一年前のブルックナー《第9》で、それぞれ音を超えて彼岸に遊べたとするならば、ティーレマンもまた、彼の天才が死の影によつて嚴しい限界にさらされるまで、豐かな迷ひを生き續けることになるであらう。彼が、效果や音響や時代の流行を巧みに用ゐる日和見主義者に墮落しない限り。

 結語

 話が大きく脱線し過ぎた。EMさん、石村君兩氏と、また他の讀者とも話の辻褄が合ふやうに、レコードで聽ける範圍で、私のティーレマン評價を書いておかう。

 オペラ全曲を除き、私がいはばベストレコード風な意味で高く評價できるものは、聽いた範圍では

グラムフォンの
ヴァグナー管弦楽曲集
R・シュトラウス《アルプス交響曲》
シューマン《第2》
ブルックナー《第5》

DVD化された内では、
ブルックナー《第4》

爆演堂といふところで入手した海賊盤による
ベートーヴェン《第5》《第6》《第7》《第8》

 である。

 ブルックナーの《第4》は大變な名演奏で、特に、4楽章のオペラ的な雄弁さ、音樂の小さな單位への深い愛着の情と、桁違ひな壮大さへの無限の飛翔に、私の受けた感動は大きかった。

 ベートーヴェンは、5番から9番までを同じ海賊盤のシリーズで聽いたが、第9を除き、いづれも久々に無條件にベートーヴェンに夢中になれた。彼がウィーンフィルから引出す優美で透明で、センシティブな歌と、最強音でもニュアンスに滿ちた音! そして解釋の細部まで心ときめかせる發見と挑戰。今の時點では、5番から8番まで、全て、同曲のベストレコード、少なくとも私が一番今手にとることの多いレコードである。

 ただし、クラシカ・ジャパンで以前放映された時に視聽したベートーヴェンの第1と第2は、大味で取れない。海賊盤の《第9》もまた、やはり隔靴掻痒の印象を抑へがたい。それがどのやうな理由によるのか、グラムフォンの全曲DVDが出たので、近く、確かめてみたいと思つてゐる。

 現在のベートーヴェン指揮者としてのティーレマンは、カラヤンの場合に應用するならば、フィルハーモニアの全集の段階ではなく、ベルリンフィルとの最初のグラムフォンの全集の段階に達してゐるとしていいだらう。勿論アンサンブルの完成度や強烈な音響といふカラヤンの戰略的なレコードつくりとは對極にある。コカコーラのやうに大衆をうつとりさせる(呵呵)目醒ましい刺激はない代わり、音樂の細部まで意味に滿ち、冒險的であり、それは到底カラヤンの及ぶところではない。

 さうだ、今書いてゐて突如思ひ出したのだが、グラムフォンにデビューした當初の2枚のレコード、ベートーヴェンの《第5》《第7》の未熟でとつちらかつた演奏と、ヴァグナー管弦樂曲集の、フィラデルフィアとは思へぬドイツ的な響きと音樂の細部まで確信に滿ちた解釋の安定の差―――。

 なーんだ、といふことになるかもしれない。この人は、デビューでのオペラとシンフォニーレパートリーの出來榮えの唖然とする程のギャップを、まだ、埋め切つてゐない、簡單にまとめてしまへば、正にEMさんの指摘通り、《ティーレマンは何と言ってもワグナー》なのであり、指揮者としての總合的な力の發揮としては石村の言ふとほり、「のびしろ」が見える程、隙がある、だから「指揮者としてはこれから」といふことになるわけだ。

 だが、だからこそあえて結語としてこだはつておきたい、これらが40代までの仕事だといふのは、やはり尋常ではないと斷言できるからだ。バレンボイムの40代は、指揮者としては、早熟といふだけの輕薄さで、まだ全く話にならない。多くの人が指摘してゐるやうに上滑りなフルトヴェングラーのエピゴーネンに過ぎなかつた。そのフルトヴェングラー自身の40代は、指揮臺上の華麗なヴィルトォーゾだつたが、後年のやうな深遠な音樂的意味の探究者といふよりも、官能の天才が際立つてゐた。40代のカラヤンは、極めて有能な指揮者たるに過ぎない。後年、カラヤンの合理主義的なアンサンブルに關する思想と美意識は、インターナショナリスムやマーケティングの潮流と深く結びついて、その後の音樂の在り方を變へてしまつたが、40代の彼は、まだ、その美學の自覺的な遂行者ではなかつた。

 いづれにせよ、大指揮者達の40代を振り返つてみた時、ティーレマンの40代は、異常なまでの深み、成熟、天才の輝きで莊嚴されてゐる。極彩色の音色の変化を生み出しながら無限の深みに沈潜するかと思ふと、果てしない昂揚へと音樂を導く柄の大きさは、偉大な巨匠の晩年の樣式から出發して、しかも新しい地平を豫感させる。それゆゑにこそ、出來不出來の波は激しい。效果を顧慮せず、意味の探究者に徹する姿勢は、カラヤン、バーンスタインへの明確なアンチテーゼである。それでゐて、マイナーポエトに甘んぜず、音樂界に君臨する傲岸不遜の帝王振り――ティーレマンの現在に「伸びしろ」がある事、それがそもそも歴史的な奇跡だと思はれる。(この項了)