ニューヨーク日記11日目 〈完結編〉 平成29年1月29日

 ニューヨーク滞在最終日、今、夜の11時半。

 モーツァルトのピアノコンチェルト23番とブルックナーの第9交響曲で最終日を迎へた。今日は2時からのマチネーだつた。

 手堅い演奏だつたが、カタルシスはない。

 今回、私にとつては、5,6,7番がピークで、8番はオケのコンディションはいいが感動できず、9番はオケが鳴らないまま終つたといふ印象である。

 残念とは思はない。

 若い頃は、絶対的な名演との遭遇に憧れたが、音楽も人生もさういふものではないし、寧ろそれを許すべきだし、あへて言へばその方がいいのだと――次第に――分り、陽射しの色が毎日違ひ、陽の射さない日の色さへどの瞬間も違ふ色合ひで人生を染めるといふ事を受け入れるやうになつてから、数年が経つ。

 これはどうも大袈裟な話で恐縮。

 実際はどうだつたのか、恐らく、ブルックナーの〈第8〉でオケの全力を使ひ果し、生放映の〈第9〉ではオケの状況を保ちながら最後まで持ちこたへようとした、さういふ事と、実際にバレンボイムもオケも、表面的な元気は保つてゐるものの、この過酷なプログラムに内面的な緊張を使ひ果たしてゐて、今日は実際に音が鳴らなくなつてゐたのかもしれない。

 オケの鳴り、これも不思議な現象である。

 どつち道、大指揮者とヴィルトーゾオーケストラである。手抜きのつもりもなく、コンディションも注意深く守られての最終日に違ひない。今日は珍しい程の快晴だし、会場は満席だがそれをいふなら7番、8番も満席で、そんな事による残響の吸収が原因ではあるまい。それでも鳴らない時には、どういふ訳か鳴らないものだといふ他はないのだらう。

 バレンボイムの指揮も無理をさせない中での熱演だつた。

 分り易かつたのは1楽章の終り近く493小節、練習番号Wからのfff。ここは調性音楽の限界を超える強烈な6音による不協和音に向け、オケの全エネルギーがあらん限りを振り絞つて凝縮される箇所だが、バレンボイムはオケを全く煽らず穏当な音で切り上げてゐた。昨年のサントリーホールでは、この箇所で、会場が壊れさうな炸裂と爆発までオケを煽り抜いてゐたのだから、今日の指揮は音楽的な限界への挑戦ではなく、いはば状況の中で選ばれた演奏だつたのは間違ひあるまい。

 ともあれ、SuntoryとCarnegieといふ世界を代表するhallで、1年の間に、――前者は幾つかの公演を聞き逃してはゐるが――バレンボイム指揮のシュターツカペレベルリンによるブルックナーの交響曲全曲を聞き終へた訳である。

 簡単に振り返れば、Suntoryの1番、4番、6番は究極的な名演だつた。Carnegieの方では、2番、3番、5番、6番、7番がさうだつたと言へる。Suntoryでは、8番、9番へと音楽的なコンディションを上げてゆき――両曲とも肝心なところでフルートにミスがあり、素晴らしいフルーティストではあるけれど今回は両ナンバーからは外れてゐた。7番までと第9の前のコンチェルトではトップを吹いてゐたが――チクルスとしての完結感があつたが、Carnegieでは7番がピークで、8番、9番は私には明らかに物足りないものだつた。

 カーネギーは初日から天井桟敷を除けば毎日満席で、7番、9番が完売、8番もそれに近かつた。Suntoryは遥かに収容人数が多いので安直な比較はできないが、1、2、3、6は6割強、5番は5割強の入りと、私は経験した事のない不入りが続いた。4、7,8がほぼ満席で9番は完売だつた。前プロのモーツァルトのコンチェルト目当ての客も多かつた事を示してゐる。

 カーネギーの観衆はノリがよく、実際に5番以後はとりわけ熱狂的なスタンディングオーベーションだつたのに較べ、東京の観衆は概して大人しく、皮肉な事に観客の最も少ない5番が一番聴衆の反応がよかつた。ブルックナーの熱狂的なファンがその日に特に集中したのだらう。

 驚いたのはCarnegieの聴衆のノイズで、これは全くひどいものだつた。

 幾らコンサート後に喝采して奏者を讃へても、聞いてゐる間があれでは話にならない。ブルックナーはルフト・パウゼ――オケ全部が休止して完全な沈黙状態になる事――がしばしば生じ、この沈黙こそがブルックナーの音楽の至高の目的である。そのパウゼの度に、咳か話し声か場外の係の声か大きな落下物の音か赤ん坊の泣き声が聞こえるのは、ブルックナーに集中する上では最大の障害だつたといふ他はない。大統領がクリントンだらうがトランプだらうが人類史の上では大した違ひはない。そんな事は二の次でいいから、全米で一番文化に熱心な人々が集ふコンサートくらゐ、ブルックナー休止の沈黙をしつかりと作れるやうな文化大国にアメリカはなつてほしいものである。

 それにしても、チクルスでブルックナーを聴くのは身心の大変なエネルギーを要する事だつた。

 聴き続けた私がこれだけへとへとなのだから、演奏家の皆さんの緊張と消耗は大変なものだつたに違ひない。

 ベートーヴェンの9曲を4日か5日でやるベートーヴェンチクルス、これも大変だが、凝縮された体験にはなる。残念ながら日本でも実現したカラヤンやバレンボイムではその一部を聞いただけで通しの経験はないが、クルト・マズア、朝比奈隆、スクロヴァチェフスキ、ヤンソンス、ティーレマンでは全曲を聴いてゐる。それぞれに素晴らしかつたが、全曲で同じ緊張を保つたチクルスは聴いたことがない。

 ブルックナーは1番から巨大(すでに演奏時間50分を超える!)である上、どの曲も一貫した音楽として纏めるのに多大な努力を要し、奏者の集中力は過酷な試練にさらされる。

伴奏声部は長時間単調さを強いられ、金管は体力を消耗し、弦もpppの緊張とfffの肉体勝負に引き裂かれ、しかも元気一杯弾き切れば快感と開放感が得られるとは限らない。大音量のまま空疎に終わる危険性も常にある。

第一、ブルックナーは、音楽的には確実に成長してゆくものの、音楽が毎回同じパターンのvariationであるのも事実で、その中で、成長をはつきり聴衆の耳に届けるのは大変難しい事だ。

 今回のやうに、聴衆のノリがよく、バレンボイムのやうな天才が体力の残つてゐるギリギリの年齢――74才――で円熟期を迎へた、いはばブルックナーチクルスとしてはベストコンディション。が、それでも7番でのピークを、更なる音楽的な極限に挑む8番、9番では越えられなかつた訳である。

それ程、9曲連続演奏は困難だと言へる。

 チェリビダッケは日本で、4,7,8番のチクルスをオーチャードとSuntoryとで2回回した事がある。余力が感じられたのは凄いが、しかし9曲のチクルスは無理だつたらう。最後の来日は3,9番が予定されたが、9番はベートーヴェンの田園とシューベルトの未完成に差し替へられた。それ程演奏家に限界を強いるのである。

 ティーレマンは来日の最終日に一曲、原則一回だけブルックナーを演奏する。この10年の間に、5、8、7、9番が演奏されたが、演奏後のティーレマンは心臓発作で倒れるのではないかといふ程の消耗振りだ。勿論指揮棒を振り回してゐるからではない。

 それを11日間で9曲、しかも前半には自分でピアノを弾きながら指揮もするモーツァルトのピアノコンチェルト。その中でこれだけ豊かに聴かせ、考へさせてくれた。――バレンボイムと彼の素晴らしいオーケストラは、どれ程、かけがへのない経験を齎してくれた事だらう。神に捧げられた恩寵を共にできた幸ひに、心から感謝します。有難う。

 明日早朝ホテルを出て、成田への直行便に乗る。