ニューヨーク日記――帰国報告

 先ほど帰国した。

 携帯電話に関して事前に手続きミスがあり、ニューヨークでの通話が不可能だつたので、帰国後、各方面との電話打合せが続いてゐる内に日が暮れた。

 錆付いた英語を修復する気もなく、最小限度のコミュニケーションだけでカーネギーホール周辺――といふ事はトランプタワー周辺といふ事でもあるが――のみをうろつき、ブルックナーに集中する11日間だつた。さすがに疲れた。草野球をやる人にとつて野球は愉しみかもしれないがプロの選手にとつてはさうではないやうに、私にとつて音楽を聴くのは自分の最も重要な仕事のフィールドなので、受け身に楽しみに出掛けるのではなく、表現の為、それも人生で最も軸となる表現の為の勝負の瞬間。緊張と集中の日々だつた。

8番、9番で感動が今一つだつた事の意味を、これから暫く考へたい。

 帰りの飛行機では日本時間に合せるやうによく眠れた。通路を挟んだ隣に可愛らしい女性がゐたのでさり気なく彼女を盗み見する楽しみがあつたのもよかつた。読書は海音寺潮五郎と『リア王』。『リア王』はやはりシェイクスピアの最高傑作だらう、その点にしばしば疑義を付けられる『ハムレット』と並んで。

 家内は私の留守中にワーグナー協会の例会に行つてワーグナー病を深めてきたらしいが、今日はさすがに音楽を聴く気にはなれない。ブルックナーとバレンボイムは少し間を明けてから(笑)。が、まづは、今晩辺り、フルトヴェングラーの〈黄昏〉を一緒に聴かうなどと言はれないか密かに恐れてゐる。