批評家の手帖 (一)2017.1.10

 古今和歌集の前半で解釈できなかつた歌の勉強し直しをしてゐたら2週間もかかつてしまつた。一度註と通釈で納得したつもりでも再読して意味の取れぬ場合が続出したからだが、意味がどこで取れてゐなかつたかを自分が如何に分つてゐないかが分り、勉強になつた。➀単語の意味 ②助動詞、助詞の理解の不十分 ③広く語法的な無知―助詞、助動詞の慣用語法から、鹿、ほととぎすの鳴き声、叙景で使はれる消ゆといふ語が大体どういふ譬喩になるかなど。④そもそも解釈困難な曖昧な歌又は複雑過ぎる歌。
 自分には何が分つてゐないかを明らかにするのが学問の永遠の道だが、まやかしだらけの近代學で飯を食つてゐると、分つてゐない事を誤魔化し続けるのが学問だといふ次第になりかねない。歴史学然り、憲法学然り、経済学然り、政治学然り。古典学びや語学を自分の学問の根本に据ゑないと学問を笠に着た詐欺師になりかねない。どんな高度な知の仕事も一語の語釈に若かない、さういふ覚悟だけが恐らく彼の学問を清潔にする。
今日から恋歌三。

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秘書室
文芸評論家・小川榮太郎秘書室です。