ニューヨーク日記(4日目)平成29年1月22日

 早朝4時前に目が覚めてしまふ。昼間眠いわけでもなく、昼寝も1時間程度に抑へてゐるのだから、これは時差ぼけといふよりは無意識の内に神経が張りつめてゐるといふ事らしい。今朝も起きたまま執筆して6時過ぎに床に入つて休む。九時に目覚ましを掛けたのに7時半には目が覚めてしまふ。昨夕から足せば六時間は寝た事にならう。起きるとしよう。

 目覚めてまづ考へる事は一日の勉強予定と共に飯の事だ。初日は何も考へる余裕がなく、ばたばたしてゐる内にコンサート初日だつた。二日目は時差ぼけ解消のひたすらなる睡眠。昨日3日目には孤独を感じ――携帯電話が代理店の対応ミスで通じない。如何に携帯電話で繋がる事に慣れ切り、それが安心になつてゐたかを痛感した――、同時に少しNew Yorkの食の事情の研究に入つた。

 人間いつ死ぬか分らない。死ぬ際に食つたものが余りにお粗末では、「あいつは案の定死ぬまで間抜けだつた、ざまあみやがれ」と後々言ひ伝へられる事にもならうから、いつも食ひ物だけは緊張感を持つて選び続ける人生だつた。グルメとは全く違ふ。日本の庶民の味覚こそが本当に確かな舌だといふ意味だ。三つ☆の店など支払ひの時に頭の中で三つ星が飛び散るだけで、舌が満足した事など一度もない。生きた糠で漬けた漬物や麹の深みある味噌汁、新鮮なトマト、贅沢といつても三之助の湯豆腐、そんなものが一番いい。

 ともあれ、昨晩紹介されて入つた蕎麦屋さんは中々いい店だつた。禁酒が続いてゐたが、昨晩は東京を発つてはじめて少し酒を呑んだ。萬歳樂と獺祭を一合弱づつ。コンサートが撥ねるのが10時を回るがここは11時まで店を開いてくれてゐる。ホテルで乾燥気味のsushiを食ふ生活からはこれで解放されさうだ。コンサートの後は評を書きたいから酒は精々昨日程度か殆ど飲まずに通すつもり。悪友酒友に毎晩声を掛けたくなる甘つたれの私には、日本では難しい養生法である。

 一方昨晩買つたインスタントうどんは失敗だつた。生の麺だが臭ふのである。うどんに異臭がしては歯ごたへがよくても食へたものではない。今日の昼はお洒落なハンバーガーショップに入る予定だ。別にお洒落なハンバーガーショップになど興味はないが、そこらの店でどら焼きのやうなハンバーグを乗せたパンを持つて来られると逃げ出す訳にもゆかず食ひきるのも難しく、泣きたくなる。異邦の地で涙をこぼさない為にはお洒落な店に行くしかない、それがNew Yorkだと分つた4日目である。


 
 今日はコンサートは休み。今回のチクルスは1番から3番、4番から6番、7番から9番と前期、中期、後期の間に中休みが入る合理的な日程である。
 午前は古今和歌集恋の五、末摘花に集中する。昼にセントラルパーク辺りに出掛けた後、短いマクベス論を書く。明日から皇室論第三弾に入る。ブルックナーは圧倒的に勉強量が手薄な六番に集中する。読書はオセロー。

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秘書室
文芸評論家・小川榮太郎秘書室です。