ニューヨーク日記(6日目・1) 平成29年1月24日

 昼飯と買物を済ませてホテルに戻ると既に2時半である。今日やつと日本の物を売る萬屋――最近の日本語ではコンビニ――を紹介してもらひ、嬉々として買物をしてきた。東京から持参を忘れて特に後悔した梅干もこれで手に入り、これから久しぶりに食す所である。和食の店は近辺にほぼ全種類あるのだが、もう安心したので、そろそろNew Yorkらしい店にも出没してみたい。美味い店は沢山ある筈である。ただメニューを見ても何だか分らない店に入つたりドレスコードがある店に紛れ込むのがちと怖い。

 昨日は精神的なコンディションが悪く、マクベス論を書いてゐても、交響曲の勉強をしたり古今集を読んでも気が晴れない事夥しかつたが、今日は平静を取り戻してゐる。一つはスコアの読み直しをしてみて存外第4交響曲に低調なものを感じてしまつた為もあるかもしれない。研究用に持参したレコードは4番から9番はクレンペラーのもので、5番以降は全て立派な演奏なのに4番だけは相当ちやらんぽらんな演奏なのも、この辛辣な指揮者の本心を表してゐると言へるかもしれない。(ちなみに日本ではクナッパーツブッシュ、朝比奈、ヴァントといふラインナップが一部批評によつて高く評価されるが、私にとつてのブルックナー指揮者は、フルトヴェングラー、クレンペラー、チェリビダッケ、ティーレマンである。)

 気を取り直した今日午前中は皇室論の3本目――一つ目はHnadaに、二つ目は文春specialに寄稿してゐる――の口述の推敲を始めた。気力が続かず1時間半も持たなかつたが明日は何とかなるだらう。ブルックナー5番を少し勉強し直したが、この曲こそは彼の最高傑作であらう。第8が傑作だとしてもそれは多分に演奏に依存してのものだし、第九は傑作以上のものである。この三曲が突出してゐて、後は3番、6番、7番が続くだらうか。

 もう少し5番のお浚ひをしたら、オセロー、古今雑歌上、末摘花。猛烈な気合で夜までもつてゆきたい。

 ところで私の投宿してゐるホテルは赤い帽子のスチュワーデスさん達が定宿にしてをり、この多国籍の女性たちは誰をとつてもとびきり美しい為、私は密かに注目してゐるのだが、今日、エレベーターの中で、その中の一人と男がキスをしてゐた。どういふ関係なのだらう。彼女が元々New York在住で、男は恋人なのか。それともNew Yorkの夜の出会ひが生んだ一夜の恋か。肌の浅黒いアジア系の女性に見え、男性は白人、カジュアルな恰好で荷物も持たないからNew York在住であらう。……まあどうでもいい事なのだが。

 少し生活にゆとりが出てきたから人々の観察に入らうと思ふ。ロビーで人を眺めてゐるだけで面白さうである。

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秘書室
文芸評論家・小川榮太郎秘書室です。