ニューヨーク日記(7日目・1) 平成29年1月25日

 New Yorkとは関係ないが、アパホテルの冊子が原因で中国政府が宿泊ボイコットを呼びかける騒動があるさうだ。歴史認識を元に大騒ぎを演じるならば、そもそも数十万人の南京大虐殺といふ虚偽を国家の主要な世界向けプロパガンダにしてゐる現行の中共政府に対して、日本側が、国家として断交するのが筋論をいふなら先であらう。

 私は機会があれば近く中国の首脳にこんな小人じみた振舞ひはもう止めなさいと忠告するつもりでゐる。

 中国は大国の政治伝統に戻れ。世界に確かな位置を占めたいなら自己を有利にする為に何でも悪用する小人国家から脱却せよ。

 大国がたかがホテルの冊子を元に騒ぎを演じるなどとは恥を知れといふ話だ。もしイスラエルを持ち出すなら支那の歴史に対してそれこそ恥の上塗りであらう。我が東洋の大国政治哲学は旧約聖書流の血で血を贖ふ世界観、一神教の宿命とは全く異なる伝統を持つ。論点を決闘まで持ち込むのではなく、現実的な思考に徹して蘇秦張飛の徒を使ひ捨て、上はあくまで綺麗ごとで行くのが支那流であらう。

 まあそんな話題は本当はどうでもいい。

 今日のランチはステーキを食つた。ニューヨークに来た以上その位しないとね(笑)前菜のシーザーサラダもステーキも充分美味かつた。パンはさほどではない。ディナーを見ると軒並み100ドルを超える店で、最高級料理は日本牛でこれは3倍。見得を張つて食ひに出掛けるか、でも神楽坂で半値以下で食へるからそれは止めておかう。

 ブルックナーチクルス、今日は第6交響曲である。私の特に好きな曲だ。壮大なパノラマ、しかも明るく勇壮で開放的だが、同時にチャーミング。ブルックナーの第五と第六の関係は、全く同時期のブラームスの第一と第二と似てゐる。それぞれの作者の限界に挑戦した重厚で形而上学的な前作に対して、のびのびとピクトレスな歌を一気に歌ひあげた広がりと屈託なさがある。

 その中でこの曲の2楽章の魂の告白、これは特に全交響曲を通じても特に美しい。7番以後、ブルックナーのアダージョは個人の魂の告白ではなくなる。特に8番、9番のそれは最早、超絶的な宇宙感情――偶々、今福田恆存訳シェイクスピアを読んでゐる中で、福田さんが『リア王』『あらし』に典型的なシェイクスピア作品を領する雰囲気をさう表現してゐるのに出会つたが正に同じ――であつて、魂の歌ではない。

 ともあれ昨日の第五交響曲が会心の出来だつたバレンボイム、東京でも第六は特に見事だつた、今日の公演が楽しみである。

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秘書室
文芸評論家・小川榮太郎秘書室です。